あらゆる関係性は対等である

あらゆる関係性は対等である

 

 

 

注意する側・される側

 

褒める側・褒められる側

 

 

我こそ正義だ

 

他者の思考は間違っている・・・

 

 

 

 

この場合

 

その人の関係性は縦の人間関係で成り立っている

 

ほとんどの組織の在り方がそうである

 

 

 

対等な関係性とは

 

親子であろうが

 

上司と部下であろうが

 

「ありがとう」が言い合える関係性

 

 

人として対等な人間関係を築いていくということ

 

それは・・・

 

嫌われる勇気を持つことであろう

 

 

上も下もない

 

自己を表現し自由に生きるということとは

 

そういった勇気を持つことである

 

 

自由それは・・・

 

自分で決めることが出来るのです

 

 

 

共存共栄

 

横の繋がり

 

共に助け合い生きること

 

 

 

それはあなた自身の個性を

完全に受容することから始まる・・・

 

そこから真の自由が手に入る・・・

 

 

 

自分の価値を認めることが出来なければ

 

縦の人間関係から抜け出すことは困難となる

 

 

 

自分の短所をその裏にある長所に置き換えてみる

 

 

気が短くせっかちな人間は・・・

長所で見てみれば

行動力があるということ

 

 

家が少々散らかっていれば・・・

多少のことでは気にならない神経質ではないと受け入れる

 

 

親や旦那に頼りきり生活が出来ているのなら・・・

こんな両親や旦那が居てくれて

なんて私は幸せなのかと受け入れる

 

 

頼る人が誰も居なくやむなく自立的に生きているのなら・・・

自立的に仕事を行い収入を得ている自分を

誇らしいと受け入れる

 

 

この様に自分で短所と思い込んでいることを

長所に置き換えてみていこう

 

 

これができる様になれば…

 

 

他者のことも

短所を指摘するのではなく

長所に置き換えて認めることができる

 

 

人の欠点を指摘することは簡単なこと…

 

他者の長所を認めることが出来なければ

 

 

我々は人として

まだまだだ未熟ということである

 

 

あなたにとっての

常識という強い思い込み・固定観念から

自由になること

 

 

他者と自分を比較して

妬んだり、嫌悪する感情から

自由になること

 

それは本来の自然なあなたに回帰すること…

 

レイキの真の教え

安心立命とは…

 

ここに繋がるための哲学であり

教えでもあるのでしょう

 

 

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コメント: 2
  • #1

    nishimori (金曜日, 18 3月 2016 18:18)

    今回のブログ。なんとなく腑に落ちないのです。うまく、腹に落とすことができないのです。
    ブログを読んでいると、縦の人間関係で成り立っている組織のあり方が問題というように受け止めてしまうのです。家庭での親子、企業での上司部下、学びの場での先生生徒、世の中には、縦の関係は多くあります。親が子供に躾ける、上司が部下に指示をする、先生が生徒に教える、その縦の人間関係が問題であり、対等が良いということであれば、そこには敬いも礼儀もないのではないか。親や、上司や、先生という立場にあるというだけで、上から目線で接すること良くないことだし、子供や部下や、生徒を、一人の独立した人間として捉える。また、親や上司や先生という立場にあるというだけで、その立場に胡坐をかいて、自分自身を向上させていなければ、尊敬も礼儀も得られないことはわかりますが、しかし・・・。人間の自律神経が、交感神経を副交感神経が保管しながら成り立っているように、人間の関係も縦の関係と横の関係があって、織物のように織り成されるのではないのか・・・。
    結局、他人に対して、無条件に自分を認めてもらいたい、認めろということを言っているのかもしれません。自分がたいした人間ではないというところにリセットして、その上で、素のままの自分を認めないとということかもしれませんね、と、先生に答えを求めている間は、まだまだ、依存の関係にあるのでしょう。結局は、自分で答えを見出さないと。
    最後は、独り言になってしまいました。

  • #2

    岩崎 (土曜日, 19 3月 2016 10:58)

    西森さんコメントありがとうございます